東京地方裁判所 平成11年(ワ)28297号 判決
原告 A
右訴訟代理人弁護士 松尾紀良
被告 B
主文
一 被告は、原告に対し、金五〇万円を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを六分し、その五を原告、その余を被告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、金三〇〇万円及びこれに対する平成一二年一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、被告が、原告の勤務する会社に対し、原告の被告に対するセクシャルハラスメント(以下「セクハラ」という)行為により被害を受けたので会社の使用者責任を追求する等の内容の文書を送付したことについて、右文書は原告の名誉、信用を著しく毀損するものであるとして、原告から被告に対し慰藉料三〇〇万円及びこれに対する遅延損害金の支払を請求した事案である。
一 争いのない事実等(証拠等で認定した事実は当該証拠等を末尾に掲記した)
1 当事者
(一) 原告(昭和三六年八月二八日生)は、訴外株式会社X(以下「(株)X」という)の社員であり、被告(昭和三八年五月八日生)は、訴外株式会社Y(以下「(株)Y」という)のアルバイト社員である。原告は既婚者であるが、被告は独身である。(甲七ないし九、原告、被告)
(二) (株)Xは、マンションの購入者に対し、インテリア・内装に関する物品の販売会(以下「販売会」という)を主催している会社である。他方、(株)Yは、(株)Xの主催する販売会の一区画を借りて、フローリングワックス掛けの販売等を行っている会社である。被告は、平成一〇年一月ころ、(株)Yのアルバイト社員として採用され、そのころから年八回程度の割合で、(株)Xの主催する販売会で、(株)Yの販売コーナーでフローリングワックス掛けの販売等の仕事に従事するようになった。原告は、(株)Xではまだ管理職の地位にはなく、一担当者として、右販売会の仕事に従事していたところ、平成一一年一月一七日ころ、(株)Yの販売コーナーで働いていた被告と初めて会話を交わした。原告は、会話の中で、被告が住居用のマンションを探しているという話を聞いた。(甲七ないし一一、乙五、七、一一、原告、被告)
2 原告と被告との関係
原告は、平成一一年四月ころから、被告と食事をするなどして同女と交際していたが、その際、原告は妻がいるにもかかわらず独身と詐って被告の歓心を買い、六月二六日には肉体関係を結ぶまでになった。しかし、その後、被告は、原告が妻帯者であることを知り、原告との交際を拒絶した(なお、その詳細は、後記第三で認定する)。
3 被告から(株)Xへの文書の送付
被告は、平成一一年一〇月一八日、原告の勤務先である(株)Xに対し、次のような内容の文書(以下「本件文書」という)を送付した。
(一) 被告は、(株)Xの開催する各種住宅関連インテリア商品のオプション販売会に、平成九年ころから販売委託派遣員として従事してきた。
(二) 原告は、平成一〇年ころから販売会に出向するようになり、出向を契機として、被告に対し販売会の開催責任者としての地位、(株)Xの主催する販売会への参画及びリフォーム発注に関する業務権限をことさら摘示し、被告に対し執拗に性的関係を迫った。
(三) 原告は、被告が右申出を拒絶するや、被告に対し、(株)Xの開催する販売会への販売委託派遣を拒否するかのような趣旨の言動を行った。
(四) 原告は、被告に対し、性的関係を実現するために結婚を前提とする交際を持ちかけ、いかにも自分が独身者であるかのような事実に反する言動を繰り返した。
(五) 原告は、既に交際者の存在する被告に対し、執拗に被告の自宅を訪問し、また自宅先で待ち伏せ、強引に被告の居宅内に侵入するなど犯罪紛いの行為を行った。
(六) 原告の行為は、いわゆるセクハラに当たる行為であり、また、刑法上強制猥褻及び暴行罪を構成することになるとの認識もないほどの社会常識を欠いたものである。
(七) 被告は、原告の一連の行為により精神的に障害をきたし、(株)Xの主催する販売会において派遣社員として従事することも困難となり、経済的にも重大な打撃を受けた。したがって、被告は、(株)Xに対し、民法七一五条に基づき使用者責任を追求する。
(八) (株)Xは、販売会に派遣される独身女性に対しては、業務発注権限を積極的に濫用し性的関係を執拗に強要し、そのためには社会通念に反する詐称を弄してまでも性的関係を遂げることをあたかも企業理念、社命として社員教育しているものと断ぜざるを得ず、きわめて不道徳である。
4 本件文書の内容は、前記3のとおり、原告が販売会の開催責任者としての地位を利用して、被告に対し執拗に性的関係を迫り、被告がこれを拒絶するや、被告が販売会での仕事ができなくなるような言動をしたこと、原告が執拗に被告の自宅を訪問し、また自宅先で待ち伏せ、強引に被告の居宅内に侵入するなど犯罪紛いの行為を行ったこと、原告の行為は、いわゆるセクハラ行為に当たり、刑法上強制猥褻及び暴行罪を構成することになるとの認識もないほどの社会常識を欠いたものであることを摘示している。被告は、本件文書を原告の勤務先である(株)Xに送付し、同社の関係者がこれを読むことにより、原告の名誉、社会的評価を低下させた。(甲七、乙二の2、原告、弁論の全趣旨)
二 争点
1 本件文書の内容は真実か。
(被告の主張)
本件文書の内容は真実である。原告の被告に対するセクハラ行為、ストーカー的行為を原告の勤務先に通知し、その是正を求めることは、被告の正当な権利行使であり、違法性がない。
(原告の反論)
本件文書の内容は虚偽である。被告の行為は、原告が被告と男女関係にあった際、独身と称していたことに対しプライドを傷つけられたとして、全く虚偽の事実を記載した本件文書を原告の勤務先に送付することにより、原告の勤務先における名誉、信用を害する目的で行った報復行為である。
2 慰謝料額はいくらが相当か。
(原告の主張)
原告は、被告の本件文書送付行為により、勤務先における地位、多年にわたる業績、名誉、信用を著しく毀損され、甚大な精神的苦痛を被った。原告の右精神的苦痛を慰謝するには三〇〇万円が相当である。
(被告の反論)
争う。
第三争点に対する判断
一 争点1(本件文書の内容の真実性)について
1 本件の最大の争点は、本件文書の内容が真実かという点である。本件文書の内容が真実であるならば、原告の勤務先にその是正を求める行動として、その行為は社会的に是認され、違法性のないものということができる。そこで、本件文書の内容、とりわけ、(一)原告が販売会の開催責任者としての地位を利用して、被告に対し執拗に性的関係を迫った事実、(二)被告が原告の要求を拒絶するや、被告が販売会での仕事ができなくなるような言動をした事実、(三)原告が執拗に被告の自宅を訪問し、また自宅先で待ち伏せ、強引に被告の居宅内に侵入するなど犯罪紛いの行為を行った事実の有無を中心に検討することにする。
2 前記争いのない事実等に証拠(甲四、七ないし一一、乙三、五、一一、証人C、原告、被告)及び弁論の全趣旨を併せ考慮すると、原告と被告との関係は、次のとおりであったことが認められ、右認定事実を覆すに足りる証拠は存在しない。
(一) (株)Xの社員である原告は、同社主催の販売会の仕事に従事していたところ、同販売会に参加している(株)Yでアルバイトとして働いていた被告に興味を持った。そこで、原告は、平成一一年一月一七日(以下の出来事は、特にことわらない限り平成一一年の出来事であるので、年を省略する)ころ、被告に声をかけ、世間話をした。その際、原告は、被告から、同女が住居用のマンションを探しているという話を聞いた。そこで、原告は、(株)Yの社員であるDから、被告の電話番号を聞き出し、二月二六日ころ、被告宅に電話をし、勧めたいマンションがある等の話をした。
(二) 原告は、三月中旬、四月上旬の二回、被告に電話をし、会う約束を取り付けようとしたが、日時の調整等がつかず、四月一九日に会うことになった。原告は、当日、被告と青山の喫茶店で待ち合わせをした。原告は、被告に紹介するマンションのパンフレットを持参し、被告にマンションの情報提供依頼書に署名をしてもった。その後、原告は、被告を、イタリアンレストラン「サバティーニ」に誘い、食事をご馳走した。原告は、右食事の際、被告に対し、同女が独身であることを確認の上、自分も独身であるとその身分を詐った。食事の後、原告は、タクシーで、被告を自宅まで送った。
(三) 原告は、五月一日、被告と二子玉川園の高島屋一階で待ち合わせをし、マンションのショールームを見学するなどした。原告は、その後、被告とドライブを楽しみ、横浜中華街で食事をし、桜木町のブリーズベイホテルのラウンジで軽く飲み、その後、被告を自宅まで送った。原告は、この日、被告に対し、「真面目なお付き合いがしたい」と、交際を申し入れた。
(四) 五月八日は、被告の三六歳の誕生日だったので、原告は被告に花束を送った。原告は、翌九日、被告と品川で仕事帰りに待ち合わせをした。そして、品川駅前のWing高輪内の日本食レストランで食事をし、品川プリンスホテルのラウンジで飲み、JR品川駅で別れた。原告は、五月二七日、被告と赤坂見附で待ち合わせをし、シーフードレストランで食事をし、その後、赤坂のカラオケ店に行った。原告は、右カラオケ店で、被告と初めてキスをした。原告は、その後、被告をタクシーで自宅の前まで送り、自宅前でもキスをし、別れた。
(五) 原告は、六月二五日、被告と外苑前で待ち合わせ、青山の無国籍レストランで食事をし、その後、青山通りを散歩し、表参道駅近くのパブで飲み、地下鉄表参道駅ホームで別れた。原告は、六月二六日、西船橋のマンションのモデルルーム(販売会)で被告と一緒になり、仕事終了後、被告を原告の車に乗せて世田谷まで移動し、三宿のカフェレストランで食事をし、被告宅に行った。原告は、この日初めて被告宅に入り、被告と肉体関係を結んだ。そして、原告は、この日は、被告宅に泊まり、翌二七日に帰宅した。なお、被告は、原告から、「うちの会社は、担当がアルバイトを気に入らないとすぐにクビにする事があるから、気をつけた方がいいよ」と言われ、それを圧力と感じ、原告と肉体関係を結ばざるを得なかった趣旨の供述があるが、それまでの交際状況、その時点までは被告は原告を独身と思っており、そのことに疑念を持っていなかったこと、後記(九)の手紙の内容等に照らすと、採用することができない。
(六) 被告は、六月末日ころ、原告から貰った誕生日の花束の伝票に書かれていた原告の住所と電話番号を調べてみたところ、虚偽のものであると知り、原告に対し疑念を抱くようになった。被告は、七月三日、原告からかかって来た電話に対し、途中で、原告とはもう会いたくないと言って電話を切った。原告は、被告の原告に対する対応がこれまでと違うことに驚き、当日、車で被告宅に赴き、車内で被告の帰宅を待った。しかし、被告が、七月四日午前零時四〇分ころ、仕事仲間の女性と一緒に帰宅したため、原告は被告と会うことを諦め、そのまま帰宅した。原告は、七月五日午後七時ころ、被告と事前の連絡をとることなく、被告宅を訪問した。原告は、被告宅のベルを鳴らしたが、被告は顔を出さなかった。原告が、被告の携帯電話に架電し、被告はようやく顔を見せ、結局、二人は、近くのイタリアンレストランで食事をした。そして、被告は、その際、原告に対する身上関係についての疑念を述べたところ、原告は必死に独身であると弁明し、その日は午後一〇時ころ別れた。
(七) 原告は、七月一〇日は休日だったので、事前に被告のアポイントをとって車で被告宅へ行き、西新宿のインテリアショールームへ行った。原告は、その後、被告とパークタワービルの和食屋で食事をし、パークハイアットホテルのラウンジバーで飲み、同女を自宅まで送った。自宅前で、家に入れて欲しいという原告と、これを拒否しようとする被告との間で、小競り合いがあり、その際、被告のキーホルダーが壊れたが、結局は、被告は原告が家に入るのを許し、室内で話し合いをした。原告はあくまで自分を独身だと言い張り、被告に対しこのまま付き合って欲しいと申し入れた。これに対し、被告は、原告に対し、「そんなに私に独身だということを信用して欲しいのなら、自宅の本当の電話番号を教えて下さい。そうしたら原告が独身だということは信用します」などと反論した。
(八) 原告は、七月一七日、一八日、被告と、販売会(横浜)で会ったが、私的な会話は一切交わさなかった。原告は、八月八日、事前に被告のアポイントをとって、車で被告宅へ行った。原告は、当日は、被告の室内には入らず、被告と近くのファミリーレストランでお茶を飲み、三宿で食事をし、車で自宅まで送った。
原告は、八月一〇日、被告と青山で待ち合わせをし、神宮外苑の花火大会へ行った。原告は、花火見物後、被告と原宿のカフェバーで飲み、店を出たところで被告から手紙(甲四、以下「本件手紙」という)を手渡された。原告は、タクシーで被告宅に行き、二回目の肉体関係を持った(なお、この点を被告は否認するが、当日原告が被告の許可を得て被告宅に入ったこと、肉体関係終了後浴びたシャワーの温度が冷たかったなど原告の供述に具体性があることから二回目の肉体関係があったものと認定した)。被告は、その直後、原告に対し、先ほど渡した本件手紙を返して欲しいと述べ、もう一度内容を点検の上、これを原告に渡した。原告は、本件手紙を開封することなく、これを持ち帰った。
(九) 本件手紙には、概略、次のような内容が記載されていた。Aさんへで始まり、「真実は何なのか、もう私にはわかりません。あれだけでんわで色々言ってもAさんは何事もなかったかのように私を誘い、その事にはふれようとせず、このままなしくずしにしようとしているようですね。今となっては、100%『離婚はしていない』と思っています。本当に離婚しているとしても、今も奥さんと一緒に住んでいる事実は、私にとって不倫と同じです。(中略)そんな状況の人と付き合うつもりはありません。私と会いたい、一緒にいたいという気持ちは本当だったのかもしれません。でもそれは今の生活があって、それを壊さない程度にたまに私と会って、少しドキドキしてみたいっていう気持ちだったんだなって思います。結局はよくある不倫だったんだと・・・。(中略)その後、Aさんと会うようになって、前の人とちがって、休みの日も会ってくれるし、手もつないでくれるし、泊まってくれるし・・・やっぱり不倫じゃないってこういうことなんだなんてバカみたいに安心していました。(中略)Aさんが不倫をしようと何をしようとAさんの勝手です。でももう私をまきこまないで下さい。Aさんに対してもう私は不信感以外何の感情もありません。もうAさんと食事をしても笑えないしキスをしてもドキドキしない・・・・。好きな人にはいろんな話をしたいけど、この前会った時、何も話す気がしなかった。今後私がAさんを信頼して、心を開くことはもうありえません。もう二度と、でんわもしないで下さい。サヨナラ」で終わっている。
原告は、本件手紙を読み、八月一四日、一九日の二度にわたり、被告に電話し、被告に詫びるとともに、自分の気持ちを伝えたが、両者の関係は元に戻ることはなかった。その後、原告から、被告に対し、連絡を取ることはなかった。
(一〇) 被告は、九月一日、偽名で原告の妻宛に手紙を出し、原告のことで話がしたいので、電話をして欲しいと申し入れ、翌二日原告の妻に会った。被告は、その際、原告の妻に対し、「原告にストーカー行為をされて困っている、独身だと最初うそをついて近づいてきた、会社関係なので断りきれずに会っていた」などと話をし、原告の妻は、被告に対し、今後原告が被告に迷惑をかけるようなことはさせないと約した。被告は、九月一二日、原告宅に電話をし、同人の妻に対し、原告から詫びの言葉がない、誠意がないと言い、再度原告夫婦と会うことにした。原告は、九月一五日、被告と会い、独身と詐って被告と交際したことを謝ったが、詫び状の提出を求める被告に対し、この日は詫び状を提出することを拒否した。被告は、九月二〇日ころ、(株)Xに対し、匿名で、原告が独身だと身分を詐って執拗に交際を迫られ困惑していること、原告のストーカー的行為のため多大な精神的苦痛を受けている趣旨の手紙を送付した。また、被告は、一〇月一八日には、(株)Xに本件文書を送付し、続いて、(株)Xに対し、原告の被告に対するセクハラ、ストーカー的行為を理由に、損害賠償請求の訴えを提起した。
3 当裁判所の判断
前記2の認定事実を前提に本件を検討する。
(一) まず第一に、原告は、販売会の開催責任者としての地位を利用して、被告に対し執拗に性的関係を迫った事実があるかという点である。前記認定のとおり、原告は被告に対し、性的な関心を持ち、妻がいるにもかかわらず独身と詐って被告に近づき、被告の結婚への期待を利用して肉体関係を持ったものであり、このような原告の態度は非難されてしかるべきものといえる。しかし、原告が右願望を叶えるために、販売会での地位を利用したかというと、そのような事実は認められない。このことは、被告から原告への別れの手紙である本件手紙にも書かれていないし、原告の(株)Xでの地位等に照らして明らかである。前記認定から明らかなとおり、原告は被告をドライブ、食事等にまめに誘い、自分の想いを遂げようと機会を狙っていたというべきであり、被告が主張する事実は真実とはいえない。
(二) 次に第二に、被告が、原告の要求を拒絶するや、被告が販売会での仕事ができなくなるような言動をした事実があるかであるが、前記認定から明らかなとおりそのような事実は認めるに足りる証拠は存在しない。すなわち、被告が原告からの交際の申出を明確に拒否したのは八月一〇日であるところ、これに対し、原告はその後二度謝りの電話を入れたが、被告の了承するところとはならず、本件に至っていることを考えると、被告が主張する事実は真実とはいえない。
(三) 最後に第三に、原告が執拗に被告の自宅を訪問し、また自宅先で待ち伏せ、強引に被告の居宅内に侵入するなど犯罪紛いの行為を行った事実があるかであるが、前記認定からも明らかなとおりそのような事実は認めるに足りる証拠は存在しない。すなわち、原告と被告は六月二六日肉体関係を持ち、親密な仲になったのに、被告が七月三日急に原告とは会いたくないと言ったため、その真意を聞くため被告の自宅前で被告の帰宅を待ったことはあるが、これをもって待ち伏せと評価することは困難である。また、前記認定のとおり、原告が被告の事前の了解なく被告宅を訪れたのは七月五日の一回であり、また、被告宅に入るか否かで小競り合いがあったのは両者の関係が断絶する七月一〇日の一回であり、これらの事実をもって、原告が強引に被告の居宅内に侵入するなど犯罪行為紛いの行為を行ったとは認められない。よって、被告が主張する事実は真実とはいえない。
(四) なお、付言するならば、被告の行為が正当化されるためには、原告が被告に対し、セクハラ、ストーカー行為を働き、その行為が続いている場合には、その行為を辞めさせるために原告の勤務先にその行為を通知、連絡することは、被告のいわば正当防衛行為といえる。しかし、本件では、原告の被告に対するセクハラ、ストーカー行為が認められないばかりでなく、本件通知が(株)Xに送付されたのは、前記認定のとおり、原告と被告との関係が原告の身上関係詐称が判明し、両者の関係が破局後、原告から被告に対する何らの接触も持たれなくなった後になってからである。被告の行為は、このような点からも、その手段として、相当性を欠いている。
(五) 小括
以上によれば、本件通知の内容のうち、原告が被告に対し性的関係を実現するために結婚を前提とする交際を持ちかけ、被告に対しいかにも自己が独身者であるかのような事実に反する言動を繰り返した点は真実であるが、その余の事実(その主要な事実は前記(一)ないし(三)で認定のとおり)は真実と認めるに足りる証拠はない。よって、原告は被告作成の本件文書により名誉、社会的信用を毀損されたというべきであり、被告は、原告に対し、これにより被った原告の精神的損害を賠償する義務があるというべきである。
二 争点2(損害額)について
本件の発端は、原告が被告に対し性的な関心を持ち、これを実現するために妻帯者であるにもかかわらず、独身者と偽り、結婚を考えていた被告を騙し、同女の心情及び肉体を弄んだことに原因があるといえる。その意味で、被告の怒りはもっともな点があり、原告にとっては、いわば身から出た錆、自業自得の感がないではない。とはいえ、被告も原告と交際当時三六歳の分別ある年頃であり、これまでも男性との交際経験があったことを考えれば、原告の甘言に対し慎重な行動をとることもできたはずである。そして、そもそも、本件は、本来は被告から原告に対する損害賠償で解決すべき問題であり、真実と認めることのできない原告のセクハラ、ストーカー行為を勤務先に告げることは、やはり違法というべきであり、このような形で、原告に制裁を加えることは相当とは思われない。そして、前記認定の原告と被告とのこれまで経緯を考慮すると、被告の原告に対する本件慰謝料は五〇万円が相当であり、右判断を左右するに足りる証拠は存在しない。
第四結論
以上によれば、原告の請求は、五〇万円の支払を求める限度で理由があるのでこれを認容し、その余は理由がないので棄却する。
(裁判官 難波孝一)